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田中幹人

導入

       人がいるはずのない景色の中に、人がいる。しかも軽やかで大胆、時にばかばかしいポーズで−−−−。田中幹人が2003年から撮り続けるシリーズ “Try To Go, Over There”は、彼自身が「そこへ行く」、つまり被写体となっている連作である。時間や場所を判断する要素を一切そぎ落としたモノクロ世界の中で、鉄橋や観覧車、水面の上といった突拍子もない場所に「いる」彼は、見る者の先入観や固定観念を軽々と飛び越えて、さらにその先へ行こうとしたり、飛び跳ねたり、空中に留まっていたりと自由自在で、彼の鼻歌さえ聞こえてきそうである。事実、「そこへ行く」ことで得られる「自分だけの視点」をひとり愉しむために、彼は撮り続けている。構図や露出を決めたらシャッターボタンを信頼する者に任せ、「そこ」へたどり着いた達成感と解放感を抱きながらポーズを取り、その一瞬をフィルムに残す。もちろん何度もジャンプし、何度もびしょ濡れになって。その後、フィルムをデジタル化し“いつかのどこか”を創り上げたら、印画紙にレーザー照射する。アナログ、デジタル、アナログと行ったり来たりして一枚の写真を完成させるのだ。

 「そこに行く」ことにこだわる彼はまた、「そこにいなくても美しい」という点にもこだわる。彼が不在でも、建築物のシルエットや水面の表情には心惹かれる何かがあり、見る者の記憶やその時のコンディションとリンクして、想像を駆り立てる。どんな想像が広がるにせよ、根底にあるのは“ユーモア”である。現在まで32作続く連作でありながら、販売は今回が初めての試みだ。この15年間、彼はユーモアを追求することに夢中だったのだから。

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"Try To Go Over There"  photography project 

   

 

 

   あらゆるものがデジタル化可能な社会の中で、私が表現したいのは<アナログだからこそ生まれる感覚>。そこにはアナログな行為をした者だけが得られる主体的感覚と、偶然の美しさ、理屈ではない面白さ、受け入れ難い驚きに出会う客観的感覚がある。その感覚は決してノスタルジーではなく、未来を紡ぐ“何か”の種なのだ。

 ロケーションは、「もしあそこに人が居たら」と妄想すると胸が高鳴るような場所。例えば仰ぎ見るほどの高さの建築物や水面から突き出た杭であり、私は自ら被写体となって、その上、時にはそこから落ちている最中にポーズをとる。一見危険な写真だが、制作の原動力はスリルではなく、妄想を現実にしたいという純粋な欲求である。実は、このシリーズを開始する前は、その妄想の中での人物は「私」である必要はなく、イメージを具現化するために「誰か」がいてくれれば良かったのだが、結局私は自ら被写体となることにしたのだ。<アナログだからこそ生まれる感覚>を誰よりも先に味わいたくなったからだ。

 しかし鑑賞者は被写体が作者自身であることを知ると、作品を「セルフ・ポートレイト」の一種であるとみなす。美術史上、数多の芸術家がセルフ・ポートレイトを残しているが、それらには強烈なメッセージが込められてきた。例えば自身を抑圧する社会を告発する、弱者に扮して諸問題を提起する、名画や著名人に扮してイメージを解体する…等々。だが私はといえば。<アナログだからこそ生まれる感覚>———そこにいる私からしか見えない光景を楽しみ、記憶の箱に「私だけの光景」を片付けて、いそいそと持ち帰っているだけなのだ。

 そして鑑賞者が「ここから何が見えるんだろう」と興味を持った瞬間、「私だけの光景」は誰も見たことのない特別なものとなり、私はその光景を唯一見た特別な人となる。今や見たいと思えばなんでも見ることができる暮らしの中で、鑑賞者は「見ることができない」というもどかしさに少し戸惑い、新鮮な感覚に心地良ささえ感じるのではないだろうか。

 撮影には6×7フィルムを用い、様々なセッティングを整えた後、信頼する人物にシャッターを任せる。フィルムは私がそこへ行ったという証拠でもある。その証拠をデータ化し、その画が持つ力を最大限に引き出す調整を行い、紙に印刷する。

 アナログからデジタル、再びアナログで完成する過程は、「アナログ/デジタル双方が必須」の現在、「アナログから得る感覚を再認識」させ、「現実と妄想の間」に生まれた作品自体と重ね合わせることができる。とはいえ、作品から得る感覚は鑑賞者にお任せする。それを愉しみ私や居合わせた人と共有することが最も大切だからだ。

 

田中 幹人

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